今や我が国では毎年のように、そして全国至る所で起きている自然災害。とりわけ地震による被害は、その回復は一朝一夕にはいかない。あの巨大津波から六年半を経たが、東日本大震災における下水道の復旧もまだ終わっていないという。それ以降も、震度5強を超える地震災害は各地で発生し続けている。そして昨年四月の熊本地震は、阪神淡路大震災や新潟県中越地震と同じように、陸域の浅いところに震源があり、この種の地震は、直下地震と呼ばれ、直上では強い揺れとなり、大きな被害をもたらす。
このような状況のなか、企業の存続をかけたBCP(業務継続計画)は危機管理対策として益々重要視されており、民間のみならず、国をはじめ地方自治体等においても人々の生活や活動に係わる業務を継続するためのBCPの策定とその効果的な運用が求められている。
下水道事業では、平成十九年の新潟県中越沖地震を契機に取り組まれた下水道BCPだったが、二十八年度中に各地方公共団体で策定できるように取り組んでいた矢先に起こったのが熊本地震だった。
下水道BCPは、当初のBCP<地震編>(21年11月策定)では、「職員や関連業者等の被災を前提に、下水道機能の維持を図るための取組み」や「トイレ以外の生活排水や雨水の処理機能をどのように確保していくか」を重要な課題として策定した。
しかし、東日本大震災では、津波により沿岸部に立地する地方公共団体で甚大な被害が発生したため、BCP<地震・津波編>(24年3月策定)では、「津波災害時に下水道の機能を如何に回復し、地域の衛生環境を保持するか」という視点で大幅に加筆・改定。
そして昨年四月の熊本地震は、観測史上初めて前震と本震で震度7を二回観測。それも二十八時間という短時間での発災で、さらにその後も大きな余震が引き続き、震度 1 以上の余震は一年間で四千三百回を超えた。繰り返す大きな揺れは建物のみならず下水道を始めとする各種インフラもダメージが拡大。多数の居住者が避難せざるを得なくなり、長期的な避難所生活を余儀なくされた。
この熊本地震では、地方公共団体としての多様な初動対応業務における職員の調整や人員及び物資等の資源不足により、下水道対応にも遅れが生じた。しかし、これまでの震災対応の教訓が生かされ、他の地方公共団体や関連団体など全国から下水道技術者の支援がなされ、早期に下水道機能が復旧したという。
しかしその一方、下水道機能としての「公衆衛生の確保」に関しては、避難所等の仮設トイレの対応や水洗トイレの早期復旧という下水道事業だけでは解決が難しい課題が明らかになり、これら被災者の生活に不可欠な機能確保にも対応していく必要が認識された。
今回の下水道BCP策定マニュアル改訂検討委員会委員長で、災害時危機管理と防災を専門とする中林一樹明治大学大学院特任教授は、新マニュアルの前書きでこう述べている。
〈今回の「下水道BCP策定マニュアル 2017 年版(地震・津波編)」は、過去の震災及び熊 本地震の経験と教訓を共有していくとともに、特に下水道BCPの策定が遅れがちである 中小の地方公共団体にとって、「最低限、準備しておかなければならないものは何なのか」、 「最低限とはいえ、どの業務から優先して取りかかるのか」という視点から、下水道BCP に最低限必要なもの及び優先順位の明確化を整理し、実効性の高い下水道BCPの策定と 改善のために、全ての地方公共団体が少しでも取り組んでいけるように、参考になる事例を 含めて整理し、補足・修正したものである。
また、地方公共団体の現状として、職員の減少や、それに伴う技術力の低下に対する対応も重要である。東日本大震災以後、多くの地方公共団体で相互間及び他の関連団体との支援協定の締結が進められているが、下水道事業をとりまく環境(リソース、特に人員・人材)を考えると、地方公共団体間及び関連団体との支援や受援においても、支援体制・受援体制 を事前に構築しておくことが重要かつ緊急の課題である。さらに、下水道事業だけでなく、他の水道や街路等の事業との協力や調整も不可欠である。これには、緊急対応業務に限らず、災害発生時の職員の食料や宿泊体制など、本質的に全行政部局に共通した考えるべき取組みも多くあり、地方公共団体全体の取組みである全庁BCPの策定と連携して下水道BCPの取組みが推進されることを期待している。〉-と。
下水道月間である九月に発表された、この度の「下水道BCP策定マニュアル2017年版(地震・津波編)」~実践的な下水道BCP策定と実効性を高める改善~ では、事業を手がける地方自治体向けに地震や津波があった際のBCP(事業継続計画)策定について、種々の教訓から人員が限られた中で優先順位を明確にすることを重視し、最低限対応しておくべき業務について記載。
現行のマニュアルは二十四年三月に改訂されたもので、二十八年の熊本地震の教訓も交えている。熊本地震では自治体の上位計画が優先され、下水道職員がそれ以外の業務にあたらざるをえないなど人手不足や受援体制に問題があったとも分析。
このため、新マニュアルでは全庁BCPの策定・調整に下水道部局が積極的に参加するなど、他部局と調整し、災害対応体制を整えることを呼びかけている。
発災時、マンホールから汚水が溢れたり、緊急輸送路での交通障害、下水道施設の被害が原因の浸水被害といった絶対に避けるべき事態を明確にBCPに定義すべきとした。そして他の自治体からの支援が届くまでに必要な優先業務として、①下水道対策本部の立ち上げ、②.被害状況などの情報収集、③都道府県、市災害対策本部、関連部局への連絡、④緊急点検・緊急調査、⑤汚水溢水の緊急措置、⑥緊急輸送路における交通障害対策、⑦降雨が予想される場合の浸水対策、⑧支援要請および受援体制の整備―等を記載している。
このほか、他の自治体との支援・受援のルールを確認しておくことのほか、民間企業や下水道関連の業界団体との協定を結び、協定内容や平常時の情報共有内容をBCPに明記することも呼びかけ。定期的な訓練によるBCP周知や実施後の評価による見直しも重要としている。
いずれにしても、今回のマニュアルが今後の発災時に機能することを期待するとともに、願わくはマニュアルが生かされないこと(災害が起きない)を祈りたいものである。